Tosastudy

虚像都市・中村



 中村の奪還は我々が徳島解放を開始してすぐに始められた。切っ掛けは中村から逃れてきたある者の言葉だった。妻と子を、置いて逃げて来た、と。その一言から全ては始まり、西方解放が同時並行で始められていたのだった。しかし彼等は私のように紅い石を有さない。そこで紅い石の供給源であるムツデをなるべく倒す事とするも、既に中心市街の光環は破壊しているため、出会うためにも西方に行かねばならなかった。そして総司令を伊野の名士であるHが務め、総勢500人の部隊が結成された。100人隊毎に分けられ、1番隊から5番隊の長にはそれぞれの部隊の出身地の有力者をあてがった。これにはGも従軍した。3番隊の補佐官だったという。1番隊が先鋒となり、2番・3番隊がその側面(ガワ)を守り、4・5番隊が殿(こうほう)を担当するといった構造で、それぞれの隊が100mほど離れて西進した。高速道路を通って進んだは良いが、途中で土砂崩れがあったのか、トンネルが通れなくなっていたために下道を使う事となった。下道にはムツデの大群が居た。この『中村』は、中心市街地のような単なる破滅(クライシス)や、徳島のような灼滅でもない、第3の形で苦しむ事となったのだった。そんな事はいざ知らず、そのまま突き進んだ結果、1番隊はその数を大幅に超えるムツデの群れがやって来て撤退する際に殿(しんがり)となり、壊滅的打撃を受けた。というのも、1番隊には攻撃が得意な血気盛んな奴等を入れた一方で、防御に重きを置いておらず、1度戦線が崩れれば、全体が崩壊するのにそれほど時間を要さなかった。次いで4番隊を先鋒として進み、川沿いでは2列に並んで進軍した。そして久礼(くれ)まで至った時、これ以降の西の道のりが破壊されていると聞いて戻ったとか。西といえば窪川のある辺り。何があったかと訊くと、隕石のようなものが落ちたのだという。気になって調べてみると、クレーターの中心には模様の付いた紅い石が見つかった。しかし既に倒されているのか、それとも偽装なのか、何もなかった。あったのは、破壊された市街があったという事実だけ。丘すらなくなったその地形は、まるで元から町なぞ無かったかのように。そして後退して津野を通る道のりにすると、今度は小さい光環が乱立していたという。子機のようなものだろう、それらを逐次撃破しつつ、紅い石を集めていった。そしてなるべく全員に銃剣を持たせた。無銘(ただ)の剣となったのは、より高度なものを模倣すると余分に紅い石が必要だったからだ。また剣とはいっても、弓矢などに優れた者にはそれを持たせた。適材適所という事については考えていたらしい。そして津野町に辿りついた時、住民はどこかへ消えていた。ほんのさっきまで生活が行われていたような痕跡。煙の出る煙突、開け放ちの窓、道に転がる三輪車。全てが全て、先刻まで人が居たかのような痕跡。すると道の向こうに、紳士服(ジェントルマン・スーツ)に身を包んだ英国風の男(ジェントリ)が現れたという。
「我は中村の七卿が1人、孤高卿・Jである。此処より先、貴様らは通さん」
 たった1人で勝てる訳が、そう一蹴する者が居たかと思えば、先鋒に居たその者の頭蓋が砕け散った。先鋒隊が銃剣を構え、残り少ない紅い石を弾丸に撃とうとするも、男はそれよりも早く動いた。そして先鋒隊が殲滅されたかと思えば、最後方に居た筈の5番隊の辺りまで歩いていき、総攻撃を受けるも歯牙にもかけぬ模様。総司令は突撃を命じるも、恐怖によって誰も動かない。逃げようとも、戦おうともしない。しかし虐殺は続く。全く姿勢を変えずに首を切り落としていきながら、歩いていく。次々と恐怖で膝から崩れ落ち、自ら首を差し出す者が出る始末。総司令は部隊を置いて逃げ出し、戦線はたった1人の攻撃で崩壊した。しかしそれは5番隊の話。他の部隊からはそんな詳細は見えない。遠距離攻撃に切り替え、手持ちの弓矢を持つ者はそこへ向けて射る。矢の雨が5番隊を襲うも、男は全く相手にせぬ様子。紅い石を用いた弓で、紅い石の矢を用いれば、その考えがGの頭を過(よ)ぎった。そして矢を射ると、男の脳天に命中し、倒れて震える男に、先鋒の生き残りが銃火を挙げる。そして男は動かなくなった。男の持つ武器は散弾銃のようなものであった。男はこれを神槍と呼んでいた。どちらかといえばショットガンだが、槍のように振るう事が出来るので、銃剣ならぬ銃槍といった所だろうか。もしくは槍主体であるから槍銃と呼ぶ方が正しいかもしれない。弾丸は一度に約20発。恐らくは弾丸を毒にする効果があるのだろう、被弾者は苦しみながら死ぬ。男の胸元には紅い石を20個ごとに入れた袋が大量に見つかった。合計で100袋以上はある。既に1、4、5番隊を失い、残る2部隊の進退が決められる事となった。Jが拠点としていただろう姫野々城跡に登ると、そこには小屋が建っていた。そこには机があり、上には西土佐地域の地図があり、赤いピンが8本刺さっている。そのうち最も東にあるのがここ、姫野々城であった。ここの集落は焼き払われており、焦土作戦とも取れる。このまま進む事が出来ても、食糧問題である。この机上の戦略図に拠ると、今この津野を突破すれば、全軍が伊予方面に向けられているので、七卿の妨害に遭わずに中村まで攻め入る事が出来る。今を逃せば、二度とこのような好機は無いかもしれない。そこで彼等は進軍を決めた。負傷兵を癒しながらではあるが、中村に着くまでには無理矢理治す。ここで討ち取られた者はここに埋める。そうして進み続けて2日。中村の町並みを見た時、彼等はかなり驚いた。市民が居たのだ。平穏無事な市内。入ってみても、何も起こらない。しかし遠くからは見えた光環が見えない。中村城周辺にあった筈の柱。それを探して進んでいると、城があった。城跡に築かれた要塞。和式城郭ではあるが、明らかに中村城のものではない。後世、つまりは21世紀以後に。しかし今、市民には何も無い。何があって、何が無かったのか。果たしてこれは打ち倒すべきか。そう思い城の前に立つと、城門が開いた。そこには、「一條公国」の主を名乗る者が現れた。20代にすら届いていないように見える彼こそは、土佐一條家の23代当主・一條政信だという。歓迎の言葉を受け、城内を案内される。そして「公国」の内情を聞かされる。この独立国家・一條公国の勢力範囲は西土佐および南予、最盛期の土佐一條家の領域とほぼ同じだという。住民には紅い石で強化を行い、市民全員が、万が一再び中村に同様の危機が起きても対応出来るようにしているのだという。そして対外政策としては伊予侵攻を行っているらしく、既に南予の大半を制圧したとか。「中村の七卿」には独立軍の運用権限を与え、土居、白川、入江、加久見、依岡、渡辺、小島の七卿のうち五卿が出陣し、策謀卿・土居宗清が今の中村市内を統治しているという。そして一連の案内の後に土居卿に呼び出された彼等はこんな話を聞き、そして頼まれた。一條殿の様子がおかしい、少し見ていてほしいという事であった。翌日、早速にして事件が起こった。朝から姿を見ないと思えば、土居卿が中村城内で殺されたという。しかし表には全くこの話が出ず、城兵から聞きつけた事であった。そして残りの五卿を呼び集めた。ここからなら数日は掛かる筈だ。しかし何をするのか。そう考えていると、土居卿の遺したものがあるというので、それを見てみる。するとそこには、土居卿の日記があった。それに拠れば、一條公は中村城内に現れた光環に対処しようと旧臣を呼び集め、そして光環を無事に封じた。しかしそれ以後、誰も信用せず、家臣に対して冷酷になったという。そして調べてみれば突如現れた新中村城の地下に、どうやら空間があるらしい、とまでは分かったものの、そこに何があるかまでは突き止められなかったようだ。日記の最後の頁(ページ)にはこう綴られていた。一條公を救い給へ、と。彼にはその直後に自身を待ち受ける運命を分かっていたのだろうか。それとも死を覚悟して何かに臨んだのか。そこまでは分からぬものの、中村城の地下に何かが隠されているのは間違いないだろう。中村城に地下トンネルを掘れば済む話ではあるが、五卿が帰るその日までには間に合わない。そこで中村城へ討ち入りを果たす他無さそうだ。しかし一條公との直接対決は避けたい。そこで一條公について市民に幾つか訊いてみた。すると皆、かなりの好印象だ。しかしその印象の殆どが災禍の前の話。現状の公国は、殆ど「昔の」彼への高い信認から何とかやっていけている印象すら受ける。一條公は光環に食われた、という者も何人か居た。比喩的表現かと思えば、本当に食われたのを見たという者が居たらしいが、その者は今居ないらしい。中村城に呼び出されて出世したのだろうという事だったが、ますます怪しい。そこで、一條公が四万十(わたり)川(がわ)を渡って中村城から離れている隙に攻め入った。城兵も皆普通の人である。気絶させる程度で済んで良かった。そして床を破壊してみれば、すぐに光環が顕(あらわ)になった。そしてその下には、確かに一條公が居た。では川を渡って花見に行った一條殿は何者か。その瞬間、警報音が鳴り響き始めた。今、一條公を残していけば、折角殺されてなさそうなものも殺されてしまう。正当性もなくなる。土居卿の頼みもある。救出しない手はない。急ぎ光環の下から救出し、中村城内を駆け抜ける。そして城門を出た頃、西に架かる橋が爆破される。中村を捨ててどうするのか。そう思っていると、光環が稼動し始めた。偽一條殿は全てを知っていたのだろう。いや、偽一條殿が全てを操っているのだろうか。市内では市民が皆倒れている。城内では既に気絶した城兵しか居らず分からなかったが、何かを始めたのは間違いない。そう思っていると、市民が身に着けていた紅い石が市民を吸収し、そして浮き上がって城内の光環へと向かう。そして規則正しく並んだ。1万個以上あるかもしれない。そう思っていると、今度は落ちた筈の橋の向こうに、偽一條殿らが居る。総勢100人くらいだろうか。完全武装である。こちらは数では勝るが、軽武装である。奴等は四万十(わたり)川(がわ)を強行横断し始めたかと思えば、橋の下流に逆茂木(さかもぎ)みたいなものを置き始めた。今が好機と上流域を急速渡河させ、2番隊が背後から攻撃する間に、3番隊が川の堤防の上から矢を放ち、1、4、5番隊の元負傷兵からなる「6番隊」は正面から相手をした。結果は我が方の勝利に終わり、偽一條殿の化けの皮は本物が光環の封印から脱出した時点で剥がれた。偽一條殿はただの男で、光環の力で擬態していたらしい。男は、紅い石の用途を知っていた。紅い石は、光環が繋ぐ異世界とのエネルギー交換器で、エネルギーを呼び出したり、取り込んだり出来るのだという。仮想兵器として剣などを展開できるのはそれが由来だという。そして男に、この石に吸い込まれた市民は帰ってくるのか。そう問うと、男は否と答えた。男は、中村の市街を取り囲む最強の結界を作るために、市民をエネルギーの媒体にしたらしい。しかし市民を守るための壁を市民を犠牲にして造っては本末転倒というもの。これが、市民を守る事を目的と化した者の末路であった。一條公が守ろうと立ち上がった結果、確かに中村の町並みは守られた。しかし市民は目前にして全滅した。中村は一瞬にして無人の都市と化した。残ったのは一條公ただその人だけだった。そこで、我々は中村に植民する事となったのだった。伊野から移り住んだ者、その数1000を越えた。そうして多大なる犠牲の下に、遂に、中村地域を解放し終わったのだった。しかし、中村の市民は七卿やその軍隊も例外なく吸収されてしまった。何故なら、それを身に付ける事で命が守られると騙されていたからだった。恐怖は人から正常な判断を奪うという。まさにその通りだった。通常なら不思議がるものを、異形のものを見過ぎて分からなくなったのか、人への扱いというものが雑であったのか、どちらにせよ解放のためには犠牲があまりに大き過ぎた。一條公については中心市街地まで呼んで、事情を訊く程度に留めた。これにて、中村への解放遠征は、地元民を失うという多大な被害を出しながらも、終わったのであった。そして一條公について、少し訊いてみた。すると一條家は内政失踪後、ずっと中村の方に居たのだという。在地の武士と混じりつつ、最後は彼らが新生一條軍の主力を務める事になった。そして今回、またしても土居卿が家臣の所為(せい)と言われるのだが、何ら文句を言わず仕事をしていたという。土居卿が死に、一條公は一番信頼していた筈の家臣を、偽者によって失ったのだった。
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